私が初めて埋没二重手術をした19歳の春① 整形を決意するまで

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美容整形体験談。まぶたの埋没二重手術をした時の話。

かれこれ遡ること、はや10年以上も昔。(10年って過ぎてみれば、あっという間)

高校を卒業し、大学入学前に私が真っ先にしたかったことがコレ。

まぶたの二重手術。

昔から自分の顔には納得がいっていませんでした。

特に、この目さえどうにか整形してしまえば、効率よく自分の顔の印象を変えられるだろう、と鏡を見るたびに思っていました。

「可愛い」女の子への最短距離は「まぶた」にある。

私には姉と妹がいるのですが、何の因果か二人ともそこそこ美しいのです。

小さなころから、親戚のおばさんたちから容赦なく冗談交じりに、冗談とも思えないような「見た目」についての発言を受けていたことが、今思えばコンプレックスの始まりだったように思います。

子どもって、知らないことのほうが多いので大人の発言に学ぶことが多いというか。幼いながらに「あ、私って見た目が良くないんだ」と気づかされました。

二重になった今も、人並みの顔になったとしても、この幼い頃の気持ちが心の根底にあるんだなぁとつくづく思い知らされます。三つ子の魂百まで、という言葉があるように幼少時代の思い出や感情からは、なかなか抜け出せないものですね。

そんなこんなで、昔も今も美容に執着しています。

小・中学校時代はオシャレには目覚めながら、やっぱり見た目が強烈に可愛くなかったので(要するにブス)、どうしても内向的で自分に自信が持てませんでした。子どもって正直で時に残酷なので、結構傷ついた思い出がたくさんあります(笑)思い出したくないあだ名とか、スクールカーストとか。

根っから最強に明るいブスだったら、こうも美容に時間もお金も突っ込むことにはなからなかったかもしれないですね。

私の場合、根暗ブスでしたから。いくら顔を変えても未だに心にブスが染みついていて、困っています(笑)大人になった今は、なるべく心のブスを人に見せないように努力していますが。

だけど、自分が成長していくにつれ、体も心も大きくなるにつれ、見た目や自分の理想像を追いかける気持ちがどんどんと強くなっていきます。

中学時代は、つけまつげをつけたり、当時メジャーだったアイプチをまぶたの内側が見えるくらいに、びったり貼り付けちゃったり。

今思えば滑稽な姿ですが、その当時は、それでも一重よりはマシだと思っていたのです。

そんなこんなしていると、まぶたが荒れてかゆくなったり、つけまつげの接着剤にアレルギー反応がでるようになってしまい、目が鬼太郎のように腫れる、なんてこともしばしば。

いつか自分が老いていくという感覚がなかった10代。老いる経験がないので当然といえば当然ですが。

この若さやこの肌のハリは永遠に持続するんだ位の感覚でいたので、おかまいなしに色々試してまぶたを酷使する時代でした。

余談ですが高校時代は、ニキビに相当悩まされました。通行人の見ず知らずのおっさんに「お前、顔が真っ赤やないか」と言われるくらい一面に赤くて大きなニキビが出来、かれこれ3年ほど続きました。なので、ニキビがおさまった後の肌ももちろん凸凹で毛穴が広がっていました。

また、別の記事に書きますが実は私は歯並びも悪く、悪いだけならまだしもすきっ歯で一部歯が生えてこなかったり、小さくとがっていたり。とにかくこれは未だに解決できていない問題で、当時は今よりもっとひどい口元でした。

高校時代、こう心に決めたことを今も鮮明に覚えています。

「私、年をとるごとに絶対にキレイになる。」

10代は、親からもらった体、生まれ持ったそのままの姿で評価されることが多いです。本当は多感な思春期、色んなことに興味もあるし男の子とだって付き合ったりしてみたい。だけど10代こそお互いを純粋に見た目で評価し合う年齢だと思うのです。マンガや恋愛ソングに出てくるような青春は、残念ながら訪れませんでした(笑)

貰った姿で評価されるのが10代だとしたら、歳をとるごとに自分で選べることや管理することが増える20代・30代・40代…。年齢を重ねるごとに絶対にキレイになろうと心に誓いました。

その始まりが、19歳の二重手術。

以来、自分の顔のどこをどうすれば、バランスが整うか・不自然じゃなくキレイになれるかを今も客観的に観察し続けているような気がします。

埋没法で二重にする

時は満ちました。

晴れて目的の大学に合格し、母には事前に了承を得ていた二重手術が行えるようになったのです。

しかも、入学祝いでその手術代も出してくれるなんて夢のようなことを言ってくれている。

母は、母なりに私の外見へのコンプレックスを理解してくれていたようです。

祖母はさらにハイカラで私が中学の頃から、「あんたは、ちょこっと目を二重にしたら可愛くなるだろうね~、二重にしてきたらどう?」なんてことを、いつもサラリと言っていました。

のちに知ったのですが、親戚のおば(祖母の娘)も二重にしたんだそうです。今でこそかなり身近で手軽な二重手術ですが、あの時代に切開での二重手術をするなんて、しかもそれを母親から勧められるなんて、ハイカラだわ・・・、私のおばあちゃん。

早速、二重手術の病院を探す

私が19歳の頃は、ガラケー全盛期の時代。

パソコンやネットが多少普及していたものの、ネットの情報は今のように自由ではなかったです。なんなら少し前にPHS(ピッチ)があったような時代。今の子はポケベルもピッチも知らないだろうな。

とにかく、口コミや情報が限られる中、いい病院を探さないといけない。

私が最終的に一番参考にしたのが、「2ちゃんねる」(笑)いや、今でも似たような掲示板を見ています。が、この頃は美容外科の口コミサイトなんてものもなかったし、本当に情報が限られていました。

至って真剣に、2ちゃんのスレッドを深夜まで読み漁ること数日。

口コミのよさそうな(自演かもしれないけど)病院を10カ所ほど絞り込むことができました。

私が住んでいたのは、県の中心部から少し離れた場所だったので、効率よく1日で全ての院のカウンセリングを受けて回りたかったので、2日に分けて、どうにか時間帯を工夫し10カ所回ることにしたのです。

こう思うと、私は昔から情報を集めたり、各クリニックを巡って比較検討するのが好きだったのかもしれないですね。

いよいよカウンセリングです。

続く。

 

 

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